2005年03月22日

書評『カーマーカー特許とソフトウェア―数学は特許になるか』の続き

ちょっと間があいてしまいましたが、前回のエントリーの続きです。

この本はソフトウェア特許の本というよりも、線形計画法の入門、カーマーカー特許の解説、カーマーカー特許成立に至るまでの顛末、そもそもアルゴリズムを特許化すべきか、アルゴリズムの保護に、特許以外の適切なスキームがあるのか、等々の内容が広範に述べられてます。
やや雑然とした感はありますが、内容自体は非常に読みやすくおもしろいです。
楽しい小ネタが多いのもこの本の特徴で、数学者とエンジニアの思考の違いを説明しているくだりで、あるエンジニアが数学者の人に研究のアイデアを説明したときに「もう少しわかりやすく抽象的に説明してくれ」と言われたという逸話などが紹介されています。

ただ、やはり前回のエントリーのコメントにも書きましたが、今野先生、ちょっと論理の飛躍が見られるところがあります。
たとえば、ソフトウェアを特許の対象とすべきでない理由のひとつとして、裁判所や特許庁ではアルゴリズムの内容を理解できないと言う点が挙げられています。
確かにそういう問題があるのは確かですが、だからソフトウェアは特許の対象とすべきでないというのは論理の飛躍であって、裁判所が適切な判断を下せるよう、専門家の諮問機関を設ける等の運用の仕組みの改善も考えるべきでしょう(以前のコメントにもありましたが、裁判官が内容を深く理解できない裁判は意味なしということであれば、医療裁判もできなくなってしまいます)。

ところで、この本が書かれた1995年から、現在までの間で知的財産権に関する最も大きな動きはオープンソースソフトウェアの普及でしょう。
そういう点から言うと非常に興味深い事例がこの本で挙げられています。
AT&Tはカーマーカー特許を使った線形計画のソフトウェアを890万ドルという法外な価格で売り出したそうです(しかも、専用ハードでないと動かないと言うとんでもないしろもの)。
一方、アカデミアの研究者たちのコミュニティは知恵を出し合って、カーマーカー特許を回避したソフトウェアを安価に提供して普及させることに成功。結局、AT&Tのソフトウェアはほとんど売れなかったそうです。

要するに、特許を盾に他者に情報を提供しないクローズドな戦略が、自由にノウハウを交換するオープンなコミュニティの開発戦略に負けたと言うことであって、これはオープンソース開発のパラダイムの有効性が証明されているひとつの例と言えるでしょう。
IBMの特許寄贈の動きのように、特許を一企業の独占の手段からコミュニティの共有財産とする動きは今後とも増えてくるのではないでしょうか。

今野先生は昨年に日経バイトにも寄稿されており、Web上でも見れます(有料会員向け記事ですが、お試し期間として無料で読むことが可能です)。
今野先生のポジションはこの本を書いたときから基本的に変わっておらず、ソフトウェア特許反対の最強硬論者のひとりのオピニオンとして読むに値する記事だと思います(エンジニアがこの種の問題に表立って発言しないのは問題との先生の意見にはまったくもって賛成です)。
とは言え、これらの記事でも、ソフトウェア特許は新規性がないものが多い→ソフトウェアは特許の対象とすべきでないというロジックがあって、やはり飛躍があると思いました。

松下-ジャストの時でも書きましたが、ソフトウェア特許反対者のポジションとしては、
1.特定のソフトウェア特許がおかしい
2.今のソフトウェア特許の運用がおかしい
3.そもそもソフトウェアを特許の対象とすることがおかしい
に大きく分けられると思うのですが、どうも、今野先生のポジションは1と2の問題点を主張して、その改善策を十分に提示せずに、いきなり3を結論付けているように思えるのです。

投稿者 kurikiyo : 14:15 | コメント (1)

2005年03月19日

書評『カーマーカー特許とソフトウェア―数学は特許になるか』

今まで読もう読もうと思っていて読めなかった本をやっと読むことができました。
理財工学(いわゆる金融工学)の第一人者であり、ソフトウェア特許反対論者である今野浩中大教授が1995年に書かれた中公新書の『カーマーカー特許とソフトウェア―数学は特許になるか』という本です。

なぜ、今まで読めなかったのかというと、弁理士試験勉強中はあまり立法論にかかわる本は読むべきではないと忠告を受けていたということ(当然ながら、弁理士試験は今の制度内でどうすべきかを問う試験であり、そもそも制度はかくあるべきという立法論を下手に勉強していると、論文や面接で自説を主張して心象を悪くするリスクが大きいらしいです)と、そもそもこの本がすでに絶版になっていたからです。

amazonで古本を買うこともできるのですが、定価の3倍以上の値段がついているので(といっても2000円くらいですけどね)買うのを躊躇していました。
ところが、会社の近くの区立図書館にこの本があることがわかり、早速借りてみたということです。
#最近の図書館は、ネットで蔵書も検索できますし、予約もできます。
#同じ区内であれば、別の図書館の蔵書を、近所の図書館に回してもらうようネットで指定することもできます。
#使わない手はないですよ。

前提として説明しておくと、カーマーカー特許というのは、AT&Tが出願した線形計画法の高速アルゴリズムの特許です。
純然たるアルゴリズムですから、これを特許化するのは数学を特許化するようなものであると多くの識者が反対したわけですが、米国のプロパテント(特許権者重視)政策の流れの中で特許化されてしまい、日本でもいったんは拒絶されたものの、結局(おそらくは政治的要因により)特許化されてしまったといういわくつきの特許です。

結論から言うと大変面白かったです。絶版になっているのが不思議なくらいです(タイトルにアルゴリズム特許ないしソフトウェア特許とでも入っていればもう少し注目を浴びていたと思うのですが)。
今野先生の本は、他に金融工学の入門書(『金融工学の挑戦』)を読んだことがありますが、こちらも大変ためになるわかりやすい本でした。

ただカーマーカー特許は、ソフトウェア特許というよりもアルゴリズム特許なので、特許化しない合理性についてもそれほど疑いがないように思えます。とは言え、今日のソフトウェア特許を考える上でも重要なヒントがあると思います。

ちょっと長くなったので、続きは別エントリーにします。

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投稿者 kurikiyo : 00:24 | コメント (2)

2004年12月05日

IT投資本もうひとつご紹介

昨日紹介した『インタンジブル・アセット―「IT投資と生産性」相関の原理』と一緒に買う
人が多いとamazon.co.jpがマイニングしてくれた本が
『ITポートフォリオ戦略論―最適なIT投資がビジネス価値を高める』
実は、この本の共著者の一人であるマリアン・ブロードベント女史はガートナーの
EXP(CIO向けプログラム)のディレクターをやっていた人です。
(現在は、ガートナーを退職し、非常勤としてEXPに貢献)
そういうこともあってこの本の原書は(マリアンの許可をもらって)自分の仕事に
ずいぶん引用させてもらいました。
この本が出た1998年頃は、IT投資に関する定量的なデータは特に貴重でした。

『インタンジブル・アセット』と同様、実際の企業調査をベースにIT投資を
定量的・統計的に論じているのが特徴ですが、もうひとつユニークな点は、
IT投資を1)インフラ系、2)トランザクション系、3)分析系、4)戦略系に分けて、
それぞれの領域の投資効果と適切な投資配分、要するにポートフォリオ管理を
論じている点です。

ちょっと残念な点としては、
1.妙に冗長で同じことを何回も書いたりしている(複数の論文を組み合わせて書いた
のでしょうか)
2.統計データの詳細がなく、いきなり結果が出ているので、統計的有意性の検証の
しようがない
3.6年前の本なので、ちょっとデータが古い
という点ですが、今読んでもなかなか面白い本だと思います
(例によって原書しか読んでないので翻訳の質についてはコメントできませんが)。

投稿者 kurikiyo : 00:30 | コメント (0)

2004年12月04日

"IT Doesn't Matter"再考

ちょっと前ですが、"IT Doesn't Matter"(ITは重要ではない)という
言葉が注目を浴びたことがありました(その頃書いたコラム)。

この言葉の元となったHarvard Business Reviewの記事では、
「ITに多大な投資をしても破産する企業がある、一方ITに投資をしなく
ても成功できる企業がある。だからIT投資はビジネスには関係ない。」
という少数のデータポイントで一般的結論を導き出すというずいぶんと非科学的な
主張がありました。

こういうことを言う人に対するカウンタークレームとしては、私も話した先のセミナー
で基調講演をしたエリック・ブリニョルフソンMIT教授論文をお勧めします。

1000社以上の米国企業を調査し、1.ITへの投資、2.デジタル組織度という2つ
の変数と企業価値との相関を統計的に分析しています。デジタル組織度とは、
業務の電子化、現場への権限委譲、情報共有等々、要するに、情報を生かした
企業経営ができているかという要素です。

統計的分析からわかったことは、上記の2つの変数が両方とも高い企業が最も
高い企業価値を有するセグメントに属しているということです。ITは重要である
("IT Does Matter")しかし、それだけでは必要条件であって充分条件ではない。
ITを生かした経営ができて初めてITはその真の価値を発揮できるということです。

言われてしまえば当たり前ですが、こういう事実が定量的かつ統計的に有意に
証明されていることがこの論文の最大の価値でしょう。

この論文を含むブリニョルフソン教授のIT投資効果に関する論文の翻訳が
『インタンジブル・アセット―「IT投資と生産性」相関の原理』
としてダイヤモンド社から刊行されていますので、
英語の論文はちょっと厳しいという方はこちらをどうぞ。
(元の論文は読んでますが、翻訳は読んでないので翻訳のクオリティに
ついてはコメントできませんが)。

投稿者 kurikiyo : 10:53 | コメント (0)